「……優…起きなさい、優…」
「ん〜…シズクぅ…あともーちょっと良いでしょう…?今日は休日なんだしぃ…」
優(ゆう)と呼ばれた少年は掛け布団を頭のとこまで引っぱる。起きる気は無いようだ。
「なぁにが休日なんだしぃー…よ!休日だから何?もう朝なのよ!さっさと起きなさいよ!」
シズクは大きな声で怒鳴る。
「んもぅ…解ったよぉ、起きるよう…」
優はベッドから起き上がり、机の上にあるPETを手に取る。
「休日だからって1日中寝ていて良い訳無いでしょ!?」
「はいはい、シズクはうるさいなぁ…もう」
優は目を擦りながら小さな声で言った。
「…何か言った?」
「べ、別に…何も…」
彼は否定しつつ、心の中で「なんで聞こえたんだろう…?」とぼやく。
顔を洗い、優はリビングに向かう。

リビングのテーブルには既に妹と母が居た。
「おはよーお母さん、れな」
「おはよう優、御飯少し冷めてるけど…いいわよね?」
優の母、百合子(ゆりこ)は心配そうに言うと。
「別にかまわないよっ♪」
優が笑顔でそう言うと、彼の母親は笑顔で、ラップに包まれたスクランブルエッグをテーブルに置き、冷蔵庫からサラダを取り出す。
「食パンは……自分で焼いてね」
「おっけー、バターまだ残ってる?」
冷蔵庫をあさりながら優は言った。
「そういえばお兄ちゃん、昨日は大変だったねぇ〜…」
「ん?あぁ…確かにねぇ…まさかあんな事が起こるなんてなぁ〜」
「でもさ、でもさ!お兄ちゃんとシズクちゃんとてもカッコよかったよ!あの連続発火事件の張本人のナビを倒したんだから!」
鈴奈(れいな)はやや興奮気味に話す。
「いやぁ〜そうかなぁ?あれはたまたま倒せたもんだからなぁ〜」
「っていうか、実際に倒したのはあたしなんですけど?」
あれ?そうだったっけ…?優と鈴奈はそう思っただろう…それと同時に、彼等は困惑した顔をしている…
その後も彼等は"昨日の事"の会話で盛り上がっている。
シズクと出会った事、電子レンジが発火した事、"ある組織"のナビと遭遇した事…
そもそもの始まりは一昨日に優宛に一つのデータディスクが送られた事から始まる…

電脳戦記物語 バトルネットワーク 第1話 ぼくのナビはワガママ娘

西暦2058年、人類の約90%がPET(パーソナルターミナル)と言う携帯型端末を所持している時代。
PETにはネットナビ、略してナビという疑似人格プログラムがインストールされていて、"彼等"はあらゆる場面で人類の役に立っていた
生活が便利になる反面、ネット犯罪も増えていったが、それでも大きな事件が起こる事は今の所は無い…
ナビは小学校に上がれば扱う事が可能だが、ナビを所持して居ない者も少なからず存在している。
冒頭で出て来た「大城優(おおしろゆう)」という名の少年もその一人であった。
彼は父親に「小学3年生になったらナビをやろう」と言われたのだが、未だにもらえずにいた。
しかも、今は3月の始め。彼はあともう少しで小学4年生になってしまうのだ。
読者諸君はそれがどうした?と思われるかもしれないが、彼にとってはとーっても大事な事である。
何故なら、彼は何度もその約束を先延ばしにされてしまったのだ。
彼はその度に悔し涙を流したに違いない…
そして、2月の中頃に彼は「3月の始めには届くから…ホンッとにゴメン!!」とのメールを父親から受信し、今に至る…
「お父さん…ホントに3月の始めに届くんだよねぇ…」
彼はPETの液晶に対して愚痴をこぼしていると、後ろから女子が来て、彼の頭を軽く叩いた。
「なーにPETに向かってブツブツ独り言を言ってるのよ?」
「って…由紀(ゆき)?何か用?」
優は少しイラついてたのか、そっけない態度である。
「幼なじみに対してその態度は無いんじゃないの?」
「はいはい…」
優のそっけない態度に由紀も少しイラだち…
「ったく…ネットナビが届くか、届かないかぐらいでイライラしなくてもいいでしょう?」
「まぁ…そりゃそうだけどさぁ…」
「そうだと判ってるならもう良いでしょ?」
それもそうかな…?優はそう思うと、彼の表情は少しだけ柔らかくなった。
「そうそう、優はそういう顔をしている時が一番良いの」
「そうかなぁ…?あまり締まりの無い顔みたいだけど…?」
だが、同時に優しい顔でもあると言える。
「でも…わたしは優のそういう顔好きだよ」
「え?今何ていったの?」
優はまるで何も聞こえなかったかのように問う…
「…なんでもないっ!」
由紀は何故か顔を赤らめている…
「ふーん…まぁいいけどさ…」

「じゃあね優、また明日学校で会いましょ」
「うん、またね〜由紀ぃ〜」
由紀は優に手を振りながら、家に入っていった。
「…明日って…会いたいなら後で会えばいいのになぁ…家、近いのに」
彼の言う通り、彼等の家の距離は目と鼻の間くらい、と言っても良い位の距離である。
会おうと思えばいつでも会えるのではあるが…
「まぁいっか、ぼくも家に帰ろっと」
そう言うと優はドアを開け、靴を脱ぎ、自分の部屋へ向かった。
「あ、お帰り優。ちょっとテレビ見てみなさい。」
「え〜?何?何か事件でもあったの…?」
優は興味無さそうに返事を返した。
テレビに移っているのはただのニュース番組であり、優にとっては最も興味を示さないものであった…
だが、"そこ"に移っている人物を見て、彼は驚愕する事になる。
「…え…?これお父さん?」
なんと、テレビでは彼の父親である「大城圭一」がテレビで取材を受けていたのだった。
どうやら「現時点でもっとも人に近いネットナビを作った」という内容のモノであった
そのネットナビは人のDNAを参考に作られたモノで、人のように「悩み、行動する」事が容易に出来るという。
一部の倫理協会では…とニュースキャスターが言ったところで、優の興味はそがれてしまい、彼はそそくさと自分の部屋へと戻っていった…
「お父さん…テレビに出てたのに何であまりうれしそうな顔してないんだろう…?」
彼はベッドで寝そべりながら、独り言を言っていた。
「それに、なんだか少しソワソワしてたみたいだしなぁ…」
テレビに出ることはよろこばしい事。そう思っていた優は自分の父親の態度に対して疑問を持っていた。
自分のナビも気になるが、今の彼はそんなことよりも父親の態度の事が気になるようだ。
あの顔は「他にやるべき事がある…」って感じの顔。それが優の思った事である…

夕食も食べ終わり、その後片付けをしている最中にそれは突然訪れた。
とくに特別な日でも無いのに、インターホンが鳴りだした。
優は食器を早めに片付け、急いで玄関へ向かう。
ドアを開けると、そこには作業着の女性が居た。
「あ、こんばんはー…こちら"どんなものでもどこにでも!"でおなじみのジルウェ宅配便です」
彼女は続けて問いだす…
「大人の方…いらっしゃいますか?」
優は母の居るキッチンに向かい、母に玄関に向かうように頼む。
一体なんだろう…?と優は食器を洗いながら宅配物の中身を想像する
母方のおばあちゃんからのお菓子の贈り物?それとも父方のおじいちゃんからのビデオメール?
「優…この封筒、あなた宛よ。中身は何かしらね?」
封筒…少なくともお菓子では無いことは確かだ…と言うことはビデオメール?
なんなんだろう…?と思い、封筒を開ける優。 中から出て来たのは…
「ん?データディスク…?って事は…?」
優はディスクを持って自分の部屋へ行き、そのディスクをPCに挿入した。
「ん…?なになに?「PETを接続してください?」」
優は言われた通りにPETとPCを専用のケーブル(とは言ってもUSB)で接続する。
すると、今度は「PET用プログラム、インストール完了まで後2:38…」と言うメッセージが表示された。
「げぇ、二時間以上もかかるのかぁ…」
しょうがない、だったらお風呂に入ったりして時間を潰そうか…
優はそう考え、タンスの中から寝着を取り、部屋から出て行った。

「明日は晴れかぁー…」
風呂に入った後、テレビを観ながらソファでくつろぎながら優は独り言をつぶやいた。
天気予報が終わり、ニュースキャスターが次のニュースを読み上げようとするが、突然スタッフらしき人物が画面のはじっこに現れた。
「今入って来た情報によりますと…」
「ん?なんだろ…?何かあったのかな…?」
そのニュースは電子機器の発火事件が今日で十数件以上にも上った事を取り上げた物であった
「怖いなぁー…ぼくんとこも気をつけないとなぁ…」
「そうねぇ…メンテナンスの業者さん呼ぼうかしら…?」
十数件以上…と言う数字は彼等にとって危機感を植え付けるには十分な数字なのだろう。
ニュースキャスターは続けて原稿を読み上げる。
「発火事件は先週から連日のように続いており、未だに犯人は捕まっておりません」
「…やっぱり業者さん、今すぐ予約した方が良いかしら…?」
「その方が良いかもね…」
そう言い、優は自分の部屋に向かう
「怖いなぁ…ぼくんとこに犯人来ないで欲しいなぁ……ん?」
誰も居ないはずの優の部屋から何故か鼻歌が聞こえてくる…
「誰だろ…?れな?でもれなはもう寝ているはずだしなぁ…?」
彼の妹はしょっちゅう彼の部屋でくつろぐ癖(?)がついている為、優は真っ先にれなを疑った。
だが、その妹は今はとっくに夢の中。ならば一体だれが…?
「…この歌なんだろう…?流行の歌って訳でも無いし…」
歌についての疑問もあるが、今はそんな事を気にしている場合では無い。
「まぁ…行ってみればわかるか」
軽いノリで彼はドアを開ける。
だが、そこには誰も居ない。
ある物と言ったら…2時間程前から電源をつけっぱなしのPC。
漫画が多い本棚、ベッド、タンス、おもちゃ箱、友人からもらったプラモやフィギュア、そしてPETくらいである…
「あれ…あの鼻歌は空耳だったのかな…?」
「バカ!鼻歌な訳無いでしょ!?」
何故かPETから大きな声が、しかも機械音声ではなく、女の子の自然な声。
「な…何?なんなの…?」
「ったく…さんざん待たされた上に気のせいですって?ふざけるなって言いたいわ!」
PETから愚痴とも怒声ともとれる大声が続いて出てくる…
優はまさか…?と思いつつ、PETに対して問いだした。
「もしかして…君はネットナビなの…?」
「ネットナビじゃなかったら何なのよ!PETに居るんだからネットナビに決まってるでしょう?」
それもそうか… 優は大いに納得する。
「待てよ…ぼくのPETに居るって事は君はもしかして…」
「そうよ、あたしは貴方のネットナビ"シズク"よ」
認めたく無いけどね…とシズクは小さな声で付け加えた。
(えぇー…こんな性格悪いのがぼくのナビ…?しかもぼく男なのに女の子のナビって…)
優は自らに悪態をつけてきた女子型ナビ「シズク」に対してひどくショックを受けたようだ…
ネットナビはどんな事があっても、必要以上にオペレーターを責めたりはしない。
オペレーターが過ちを起こしても少し注意するだけだ。だがこのシズクと言うネットナビは…
「ったく、まさかこんなへちょいガキがあたしのオペレーターだなんてねぇ…」
彼女は笑いながら優に対して悪態をつけてくる…
「き…君だって子供でしょ!?」
「はんっ!少なくともそっちよりは大人ですよーだ!」
「それでも一つか二つ違いでしょ!?大して変わらないじゃん!」
大して程度の変わらない言い争いを続ける優とシズク。
彼等の言い争いは深夜の1時まで続いたと言う…

「…あれ?7時…?もう起きなきゃ…」
優はベッドから起き上がり、タンスから服を取り出し、着替える。
言い争いのせいであまり眠れなかったが、二度寝する訳にはいかず目を擦りながら着替える…
「ちょっと!目の前でそんなもん出さないでよ!目のやりどころに困るでしょう!?」
朝っぱらから女の子の怒声。優は一瞬何事か?と思ったが、すぐに納得した。
シズクの怒声により、優の眠気はすっかり吹き飛んだのであった。
そういう意味では優はシズクに感謝するべきなのかもしれない…
「んもう…シズクは気にし過ぎだよ…」
「気にし過ぎじゃなくて…あんたが無神経すぎなのよ」
早速言い争いが開始された。
「えー?でも妹のれなは目の前で着替えてても平気な顔してるよ」
「それは身内だからか、あんたの妹が変態だからかのどっちよ…」
どう考えても朝にする話ではない。
寝間着から普段着へ着替え終わった優は、朝食を食べにリビングに向かう。
シズクにPETを忘れている事を指摘されたが、指摘された直後に彼が舌打ちした所を見るとわざとやったのかもしれない。
「おはよーおかーさん、れな」
「お早う…あら、珍しいわね、こんなに早く自分で起きるなんて」
彼はいつも、妹か母親に起こさせてもらっているので非常に珍しがられている。
「お兄ちゃんってばいっつも私かお母さんにハグされてやっと起きるもんねぇ」
「や…止めてよ!恥ずかしいなぁもう!」
優は照れながら否定するが、鈴奈と百合子は本当の事だ。と否定し返す。
「それは良いとして…二人とも、早く朝ご飯食べちゃいなさいな」
百合子がそういうと、優と鈴奈は椅子にすわり、朝食を食べ始める。
「ところで…優、PETに女の子が映っているけどこれは何?」
「あ、これは…ぼくのネットナビだよ…」
「へぇー…ついにお兄ちゃんもナビを持つようになったのね!」
優がネットナビを持ったと知って百合子と鈴奈は自分の事のように喜ぶ
「で、この娘の名前は何ていうの?」
「えーと…シズクって名前ですけど…」
シズクは彼女等のハイテンションぶりに少々ついていけてない様子…
「おっと…こんな事してる場合じゃなかった…ほら、朝ご飯食べ終わったのならさっさと歯を磨いて、顔を洗って学校に行きなさい」
優と鈴奈は言われた通りに行動し、そそくさと学校へ行く準備をする。
歯を磨き、顔を洗い、鞄に色々と詰めて…
「それじゃあ行ってきまーす!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
靴を履き、靴ひもを結び、いざドアを開けると…
「れなー、早くしないと置いてくぞぉ」
「ちょっと待って、靴ひもが上手く結べないのよぅ」
「待ってと言われても時間は…うわっ!」
優は玄関から飛び出し、勢い余って玄関の前の人にぶつかってしまった
「ったた…あ、ごめんなさい…怪我は…って」
優がぶつかった相手はどういう訳か、幼なじみの由紀であった。
「もう!幼なじみをさんざん待たした上にぶつかってくるなんてどういう了見!?」
「待たされた…って待ってくれって言った覚えは無いんだけどなー…」
由紀はぶつかって来たとはいえ、何も知らない優に対して言いがかりをつけてくる…
「まぁいいや、早く学校へ行きましょう」
「おっけー。その前にれなが靴履いたらね」
妹を気遣う優に少しむっとする由紀。
れなは悪戦苦闘の末に慣れない靴ひもをようやく結び終える
「お待たせ!あ、由紀さん!…待たせちゃってごめんなさい…」
鈴奈は由紀に深く頭を下げる。
「べ…別に良いのよ…さ、行きましょ」
由紀がそう言うとれなの顔は、明るい笑顔になった。
「もういいかな…?じゃあそろそろ行こうか」
優がそう言うと、二人は軽くうなずく。
いつもは父親に対して不満を言いながら登校していた優だが、今日は違う。
今日からは多少性格が悪いが、念願のナビであるシズクがPETに居るからだ。
今ばかりは父親に感謝の念をいだきながら学校へ登校するのであった。

(バトルネットワーク第2話に続く)
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